「定年後もまだ働きたい」
「会社員として長く働いてきたので、最後は自分の力で商売をしてみたい」
「早期退職をして、自分の城を持ちたい」
40代、50代、60代になると、こうした形で独立・起業を考える方も増えてきます。
私は中小企業診断士として経営相談に対応していますが、実際に中高年の方から起業について相談を受けることも少なくありません。
もちろん、会社員時代から長く準備してきた方や、何年も温めてきた事業アイデアを持っている方もいます。
一方で、少し心配になる起業相談もあります。
それが、
「会社を辞めたので、経験はありませんが飲食店を始めます」
「退職金が入ったのでフランチャイズに加盟します」
といったケースです。
しかも、相談に来られた時点ですでに店舗を借りて改装を始めていたり、フランチャイズへの加盟契約を済ませていたりすることもあります。
この段階になると、経営相談でできることもかなり限られてしまいます。
そして意外なことに、こうした方の中には、会社員として長年活躍してきた優秀な方も少なくありません。
では、なぜ会社員として優秀だった人でも、起業では苦労するのでしょうか。
会社員と起業家では「商品・サービス」の前提が違う
会社員と独立・起業の違いはいろいろありますが、大きな違いの一つが、
起業すると「何を売るのか」から自分で考えなければならない
ということです。
会社員であれば、通常は会社に商品やサービスがあります。
営業職なら、その商品を「どう売るのか」を考えます。
商品開発を担当している場合でも、「この顧客層に売る商品を考える」といった何らかの前提があります。
ところが独立すると、その前提自体がなくなります。
「起業したい」
という気持ちはあっても、
「では、何を売るのですか?」
という問いに自分で答えなければなりません。
会社員としてどれだけ優秀でも、商品やサービスそのものに魅力がなければ、事業を成功させるのは簡単ではありません。
もちろん、会社からのれん分けをしてもらえる、会社員時代の仕事をそのまま引き継げる、以前の取引先から仕事を受注できる、といった状況であれば話は変わります。
すでに商品や顧客が見えているからです。
問題は、
「起業したい。でも、自分には売るものがない」
というケースです。
私はこうした中高年の方には、一つの選択肢として、国家資格を取得して士業として開業することを考えてみてもよいと思っています。
なぜ中高年の起業に士業を勧めるのか
ここで誤解してほしくないのですが、
「国家資格を取れば食べていける」
という意味ではありません。
行政書士、中小企業診断士、社会保険労務士など、資格を取っただけで仕事が自動的に入ってくるわけではありません。
士業として独立すれば、自分で顧客を開拓する必要があります。
それでも士業を選択肢として考えてほしい理由は、資格によって「何を売るのか」という領域がある程度用意されるからです。
例えば行政書士なら、許認可、相続、外国人関係など、すでに仕事として存在する領域があります。
社会保険労務士なら人事・労務や社会保険関係、中小企業診断士なら経営支援があります。
その中から、どの分野を専門にするのかは自分で決めなければなりません。
しかし、
「何を商売にしたらいいか分からない」
というゼロの状態から考えるのとは大きく違います。
私は士業資格について、
「起業するための商品候補と看板をセットで手に入れるようなもの」
だと考えています。
国家資格という看板があることで、社会的な信用を得やすいというメリットもあります。
50代からの士業開業は遅いのか?
「でも、50代から資格を取って独立するのは遅くないですか?」
と思う方もいるかもしれません。
確かに、20代や30代前半で国家資格を取得し、若くして独立している方もたくさんいます。
若い人には、行動力や長く経験を積めるという強みがあります。
一方で、私は士業の場合、中高年であることが必ずしもマイナスになるとは思っていません。
士業は、お客様から相談を受ける仕事です。
そのため、
「いろいろ経験していそうだ」
「落ち着いて相談できそうだ」
「ベテランの先生に見える」
という印象がプラスに働くことがあります。
もちろん、実際に話をして「この人、何も知らないな」と思われてしまえば意味がありません。
見た目だけベテランで、すぐに化けの皮が剥がれないように勉強は必要です。
しかし、40代、50代という年齢そのものが、相談業務では信用につながることもあります。
「資格×20年、30年の経験」は大きな武器になる
さらに重要なのが、これまで積み重ねてきた経験です。
50代であれば、20年、30年と社会人として働いてきた方も多いでしょう。
製造業で働いてきた。
建設業界に長くいた。
営業を続けてきた。
人事や総務を担当してきた。
管理職として部下をマネジメントしてきた。
こうした経験は、士業として仕事をするときにも活用できます。
例えば、建設業界で長く働いてきた人が行政書士資格を取得して建設業許可を扱う。
人事部門で働いてきた人が社会保険労務士になる。
製造業で長年働いてきた人が中小企業診断士になり、製造業の経営支援をする。
こうすれば、
「資格を取ったばかりの新人」ではなく、「資格+20年、30年の業界経験を持った専門家」
としてスタートできます。
また、中高年になれば仕事以外の経験もあります。
親が亡くなって相続を経験した。
住宅を購入した。
親の介護を経験した。
子育てをしてきた。
地域活動に関わってきた。
こうした経験が、士業として専門分野を考えるヒントになることもあります。
40年、50年と生きていれば、自分の仕事やプライベートの経験を活かせる領域が一つや二つは見つかるのではないでしょうか。
中高年の起業では「小さく始める」ことも大切
士業とセカンドキャリア起業の相性がよいと考えるもう一つの理由が、比較的小さな投資で始められることです。
例えば飲食店を開業する場合、
- 店舗取得費
- 内装工事費
- 厨房設備
- 備品
- 人件費
- 開業後の運転資金
など、まとまった資金が必要になります。
フランチャイズでも、加盟金などの初期費用が必要になる場合があります。
特に50代、60代で注意したいのは、これまで蓄えてきた資金や退職金を、経験のない事業に大きく投入することです。
若い頃と比べると、失敗した場合に資金を取り返すための時間はどうしても短くなります。
一方、士業も資格取得や登録などに費用はかかりますが、店舗型ビジネスなどと比べれば、小さな投資で始められるケースが多いでしょう。
セカンドキャリアでの起業だからこそ、
最初から大きく賭けるのではなく、小さく始める。
これは非常に重要だと考えています。
士業資格を取れば商売が完成するわけではない
ただし、国家資格を取得したからといって、起業の問題がすべて解決するわけではありません。
資格によって得られるのは、
「何を売るのか」という商品候補と、専門家としての看板
です。
その先は自分で考える必要があります。
誰を顧客にするのか。
どの業務を専門にするのか。
いくらで提供するのか。
どのように顧客を獲得するのか。
どうやって紹介を増やしていくのか。
資格取得と士業事務所の経営は別物です。
「営業はしたくない」
「資格さえ取れば仕事が来ると思っている」
という場合は、士業として独立しても苦戦する可能性があります。
一方で、
「経営には挑戦したい。でも、自分には売る商品がない」
という方にとっては、国家資格を取得することで最初の商品を手に入れるという考え方は十分にありだと思います。
士業はスケールしにくい。でも士業をゴールにする必要はない
士業にも弱点があります。
その一つが、士業事務所そのものを大きくスケールさせるのは簡単ではないことです。
自分自身がサービスを提供する場合、自分の時間が売上の上限になりやすいためです。
もちろん、スタッフを雇ったり、他の資格者と組織化したりすることはできます。
それでも一般的な事業と比べれば、急速に規模を拡大することが難しいケースもあります。
ただし、
士業をセカンドキャリアの最終地点にする必要はありません。
士業として活動する中で、別の事業に展開している人もいます。
例えば、専門知識を活かして研修事業を始める。
コンサルティングサービスを作る。
顧客向けの新しいサービスを開発する。
まったく別の事業を立ち上げる。
こうした展開も可能です。
特に士業として仕事をしていると、さまざまな顧客のリアルな悩みに触れることができます。
そこで、
「この業界はみんな同じことで困っている」
「この問題を解決するサービスなら需要があるのではないか」
という、新しいビジネスのヒントが見つかることもあります。
さらに、士業として一定の収入や社会的なポジションを確立していれば、完全なゼロから新規事業を始める場合とは状況が違います。
士業として小さく起業する。
顧客と収入を作る。
そこから次のビジネスへ展開する。
こうしたセカンドキャリアも考えられます。
まとめ:50代からの資格取得を「起業準備」と考えてみる
会社員として長年働いてきた。
定年後も仕事を続けたい。
元気なうちに一度、自分の力で商売をしてみたい。
でも、
「自分には売りたい商品やサービスがない」
という方。
無理に起業アイデアをひねり出したり、経験のない事業に大きなお金を投入したりする前に、一度、これまでの自分の経験と組み合わせられる国家資格がないかを考えてみてください。
もちろん、国家資格なら何でもよいわけではありません。
試験に合格するための勉強も必要ですし、資格取得後には営業や経営も必要です。
しかし、中高年からの資格取得を、
「今さら資格を取って転職できるのか?」
という視点だけで考える必要はありません。
「自分で商売をするための商品を手に入れる」
という目的で国家資格を取得する方法もあります。
資格を取る。
これまでの経験と組み合わせる。
小さく仕事を始める。
顧客を作る。
そして、その先に新しい事業が見つかるかもしれません。
起業したいからといって、必ずしもゼロから画期的な商品やサービスを生み出す必要はありません。
国家資格を取得し、すでに存在する専門業務から自分の商売を始める。
これも、50代以降のセカンドキャリア起業では、検討する価値のある選択肢の一つだと思います。
